薩摩藩士に告ぐ、これは合戦である

宝暦4年1月9日


薩摩 鶴丸城に早馬が走ります。

当時の薩摩藩主は島津家24代島津重年。
家老は平田靭負。

江戸からやってきた早馬は、
徳川幕府が島津家を潰しにかかる策謀を秘めた内容でした。


徳川幕府が薩摩藩に課したのは、
尾張美濃平野にまたがる木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の治水工事。

暴れ川の異名をとる木曽三川の堤防工事を遥か遠方の薩摩藩に
御手伝い普請という形で押しつけたものでした。


島津家にとっては、関ヶ原での島津軍の的中突破も
徳川家に対する怨恨の原因になったでしょうが、
この宝暦治水も、後に徳川幕府の倒幕の遠因にもなった
因縁の事件といってもいいでしょう。


「僭越ながらこの平田靭負、関ヶ原に五体をなげうった薩摩武士の心、
今はっきりと理解でき申す・・・」


工事内容を知った家老・平田靭負は
これが単なる治水工事ではないことを見抜いていました。


そして上記の台詞が後々の伏線になっています。


工事開始は翌月2月。

しかも工事費用15万両(現在価格の60~150億円相当)は薩摩藩負担。
費用負担は薩摩に課しつつも、幕府管轄で工事をしなければならず、
工事内容に一切の口出しできず。
理不尽極まりない幕府の要請に反抗する藩士を説得する
平田靭負の台詞が秀逸です。


「武士は戦うために生きている者だ。しかしその戦いは2つの道がある!
何ものかを倒すための戦いと、何ものかを守るための戦いである」


水害に苦しむ濃尾平野の領民達を救うため、
幕府の策謀と知りながらも薩摩安泰のために
藩士達は遠い濃尾の地へと足を踏み入れたのでした。


現場での薩摩藩士に向けられた仕打ちは想像を絶するもので、
食事はおろか、水一杯にも費用を請求され、
しかも食事内容も一汁一菜に限ると幕府からのきつい制約をつきつられます。

更には夜具代、薪代、茶の葉代、行灯の油など、
生活に必需品にまで無料提供を禁じられます。

工事が始まれば始まったで、更に過酷さを増し、
工事現場への船賃、工事に必要な消耗品も有償であることは言うに及ばず、
材木、竹、砂利、土俵や石材は割高な幕府指定の業者のみから
購入せねばならず、とても予算内で工事ができるものではありませんでした。


そして藩士達の不安は的中し、更に15万両の追加予算を迫られます。


工事費調達のために大阪で奔走する平田靭負もさることながら、
現地で工事にあたる薩摩藩士達にも幕府からの更なる嫌がらせを受けます。


本職ではない現地の人を手伝い人夫として賃金を払って
雇わなければならず、遂に幕府への抗議として切腹する藩士が出てきます。


しかし、公に幕府批判をするとお家断絶の危機があるため
「腰のものにて怪我、同日死亡」
と報告せねばなりませんでした。


この作品はみなもと太郎さんの漫画
「風雲児たち」の3巻と4巻に収録されています。



薩摩藩には、更に悲劇は続きますが、それは本書を読んでみてください。





風雲児たち (3) (SPコミックス)
リイド社
みなもと 太郎

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 風雲児たち (3) (SPコミックス) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



風雲児たち (4) (SPコミックス)
リイド社
みなもと 太郎

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 風雲児たち (4) (SPコミックス) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのトラックバック