武田家はなぜ滅んだのか?①戦場を選べなかった

みなさん、ご訪問ありがとうございます。


戦国時代に名称とうたわれた武田信玄ですが、
その武田家も彼が死に、次代の勝頼になると
歯車が狂い始めて、
遂には織田家の侵攻により滅んでしまいます。


武田勝頼は決して暗愚な人物ではなく、
一時期は信玄の代よりも領土を拡張していた
時期がありましたし、合戦も上手だっそうです。

勝頼は、信玄を凌ぐ大人物だったかどうかは別として、
では、何故急速に衰退して滅んでしまったのか
検証してみたいと思います。


本日挙げたのは、

「戦場を選べなかった」

です。


武田家衰退の一原因となったのは、
長篠設楽ヶ原での大敗北でしょう。


この合戦はどのような経過をたどったのかを
知る前に、信玄が生涯最後の合戦となった
三方ヶ原の合戦について述べたいと思います。

                       (つづく)

この記事へのトラックバック